江戸時代から続いている伝統芸能『落語』

 

らくご

 

 

音楽等はほとんど使うことなく、身振りや語りで人々を笑わせる

同じ話であるのに、語り手によって全く違う話にもなる。

 

『落語』は始めはよくわからないが、だんだん聞いてくると

その面白さがじわじわと来る。話のプロとはこういうものかと大いに感心してしまう。

 

らくごお

 

落語がどうして江戸時代からずっと続いているのだろう。

今回はそこにある魅力を考えてみたいと思う。

 

 

割と自由

落語は決まった話もあれば、新しく話を作ることもある。

もう既にある話は500とも1000とも言われているが、

それ以外はその語り手の技量にまかされている

 

らくご2

 

だから、同じ話でも人が違えばいろいろな発見がある。

 

たとえば、ある人はこの部分を間を空けて話すのに、

この人は全然間をおかない。でも、それも面白いなとか。

 

また、道具の使い方でここまで雰囲気が変わるのかとか。

 

その“語り手の味”がもろに出るのが『落語』だと思うのです。

 

3

 

その人の表情とか間の置き方とか目線とか、全部勉強になるし、面白いのです。

だから、落語の面白さを知っている人はまた行こうかなとなって、何度も足を運ぶのだと思います。

 

『自由にアレンジできる』からこそ表現の幅が広がり、見る者を飽きさせないのでしょう。

 

 

寄席の雰囲気

静かなところで話を聞くことというのが、日常ではなかなか難しいです。

 

どこもかしこもいろいろな音があって、

都内であれば静かなところを探す方が難しいかもしれません。

 

でも、落語を行う場所(最近では寄席が多いです)では

静かな場所でその人の『落語』を味わうことが出来る。

 

よせ2

 

『集中できる空間』『落ち着ける空間』だからこそ、

落語の雰囲気が好きという人がいるのも、うなずけます。

 

昔の時代の良さにひかれて、何度も足を運ぶ人もいるかもしれません。

今は今で良いかもしれませんが、昔の『落ち着いた雰囲気』というものは

どこかに言ってしまったような気がします。

 

そして、『落語』は字のごとく、最後にオチがあります

 

おち

 

笑って変えることが出来るから、いい気分になれるから

また来ようかなと思うのでしょうね。

 

“魅力”とは『また見たいな』『また会いたいな』を

いっぱい積み重ねることで生まれてくるような気がします。

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