以前、24時間テレビで唯一しゃべり続けていたと

聞いたことがありました。みんな、オンとオフを切り替えて、黙って休んでいるときに

しゃべり続けていたそうですww

 

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明石家さんまさんは『さんま御殿』などいろいろな番組で司会をやっていますが、

どれもとても面白いです。

 

どういうところが面白いかというと、その底抜けの明るさ、

なにがあっても笑い話になるという感じのスタンスがあるからなのでしょう。

 

さんまさんはそうとう変わっている人なのだなあという感じで

昔は見ていたのですが、実はけっこう大変な生い立ちを経ているのです。

 

実の母親を3歳でなくす

さんまさんの母親はさんまさんがまだ幼いころに亡くなってしまいます。

その後、さんまさんが小学生のころに父親が再婚したのですが、

その継母には連れの息子(弟)がいました。

 

継母は夜になると、酒を飲みよく

『うちの息子はこの子(弟)だけや…』

といっていたそうで、それを壁伝いにきいていたさんまさんは

実の兄と一緒によく泣いていたそうです。

 

子供のころに、そんな言葉を聞くなんて、

僕は想像しただけで耐えられません。

 

継母にはまるでそこにいないかのように無視され続けていたというさんまさん。

なんとか、そういう状況を打開しようといつも面白い話を考えていたそうです。

 

それもあって高校生くらいの時には学校で大人気だっだそうです。

 

しかし、芸能界の縁もあって冠番組を持つようになった頃、

弟(19歳)を火事でなくしてしまいます。

 

『こんど一緒にサッカー見に行こうって約束してたのに…』

 

自分のことをすごく尊敬してた弟の死に、すごく悲しみ

あまりに落ち込みすぎて、笑いがとれなくなっていた時期があったそうです。

 

 

『おまえんち、兄弟焼いたらしいな』

笑いが取れず、芸人引退をもかんがえていたさんまさん。

 

そんなとき、舞台で一緒だった同期のオール巨人さんが

 

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『おまえんち、兄弟焼いたらしいな』

といったのだそうです。

 

『そや、材木切れたから代わりに焼いたんや』

 

とんでもないことを!と聞いたときは思いましたが、

舞台が終わって、さんまさんは

 

『ありがとう、これで芸人辞めずに済むわ。』

とお礼を述べたそうです。

 

また、さんまさんは当時世界最悪の犠牲者を出した

日本航空123便墜落事故で死にかけた経験もあります。

 

というのも、もともとはその航空機に乗る予定だったのですが、

仕事が早く終わって、たまたま一本前にのることになったのだそうです。

 

 

母の死、弟の死、自分自身も死にかけた経験を持っているのですね。

底抜けの明るさを見せるさんまさんはそのようなバックグラウンドをもっているのです。

 

 

生きているだけで丸儲け

このようなつらい経験の中からさんまさんはよく

 

『生きてるだけで丸儲け』

といっています。

 

まったくそのとおりですよね。

僕たちはなにかと欲深くなってしまうときがありますが、

生きていることそれ自体に感謝しなければとこの言葉を聞くといつも思います。

 

また、さんまさんはお笑いを始めたことに対して、

 

『辛い人がちょっとでも笑うように、

   なるべく俺が出てる番組で明るい場面をお届けしたい。』

という理由だからといっていました。

 

自分みたいな人を少しでも明るくしたい!

 

そういう思いがこの言葉にはあるような気がしました。

 

自分自身のつらい経験の中から、他人を助けていきたいという純粋な精神

それが、いまのさんまさんの原動力なような気がします。

 

 

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