その生涯で1300を超える発明を成し遂げたとされる人物であり、

エジソンがいなければ、人類史は100年は遅れていただろうと言われています。

 

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1877年にエジソンは再生機能を搭載した蓄音機の実用化に成功。

この蓄音機の成功でエジソンの名前は、世間に広く知られるようになりました。

 

数多くの発明の裏にはたぐいまれなる好奇心によるものももちろんありましたが、

よき理解者がいたからこそ、このような発明王となることができました。

 

発明王エジソンはどのようなところからこのような偉大な人物となったのでしょう?

 

 

 

『なぜ?』を解消する母の試み

エジソンの母は、エジソンの抱いた「なぜ?」という疑問に対して

懇切丁寧に理解できるように説明していました。

 

好奇心がありすぎたためか、「なぜ物は燃えるのか」を知りたいと思い立ち、

藁を燃やしていたところ、自宅の納屋を全焼させてしまったこともありました。

 

あるときは、浮力で人が飛ぶかという実験のため、友達にヘリウムガスを

大量に吸わせたこともありました。その時は母親も激怒したそうですが、

エジソンが小学校を退学になった後も、母親は熱心に教育を行っていたそうです。

 

その教育の中でやがて、エジソンは科学への興味がわいてくるのです。

 

 

 

1日8時間?私は24時間体制だよ

エジソンの睡眠時間は1日3時間ほどといわれています。

しかし、実は30分の仮眠を6回くらいしていたということのようで、

実際は1日中、発明をしていたそうです。

 

 

「私の若い頃には、1日8時間労働などというものはなかった。

        私が仕事を1日8時間に限っていたら、成功は覚束無かった筈だ」

 

と語っている。

 

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彼は80歳を過ぎてもなお

 

「少なくともあと15年は働かなければならない」

と言いながら1日16時間のペースで仕事を続けていました。

 

 

 

私はあきらめないことの天才なのだ

『発明王』といわれ世間から注目されていたある日、

「エジソンは人間離れした天才だ」といわれるようになりました。

 

しかしエジソンはそのことに対して、

 

『人間離れした天才だって?人間離れなどしていない。

私はあきらめないことの天才なのだ。』

 

と語っていたそうです。

 

多くの人は周りにある『常識』とか『世間の目』とかで

成し遂げたいことをあきらめてしまうことが多いです。

 

でも、エジソンはそんなの関係ありません。

やりたいことを全力でやりきっていたのです。

 

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『私たちの最大の弱点は諦めることにある。

   成功するのに最も確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることなのだ。』

 

 

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